「東日本大震災における外国人支援について~岩手県の状況~」

2011.6.20
公益財団法人 岩手県国際交流協会


 今回の大震災に当たり、全国各地から温かい御支援をいただき、心から感謝申し上げます。また、震災で被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げますとともに、一日も早く平穏な日々を回復できるようお祈り申し上げます。
 以前から、宮城県、福島県の各県協会と「3県合同会議」などで連携してきましたが、今回は同じ東北でも震災の状況が全く異なりました。福島県は原発の問題を抱え、宮城県は仙台市も被災、岩手県は盛岡市が被災していない反面、被災地まで100km以上の距離があるなど、その地域の状況にあった3県3様の対応を続けています。



3月11日午後2時46分


 盛岡駅西口にある「いわて情報交流センター(アイーナ)」は、船に揺られているように大きく揺さぶられました。当協会は5階の国際交流センターの運営管理を受託しています。その瞬間、数日前の地震とは様子が違うことを察し、ミーティングを中断しセンター内の来館者の状況を確認。ラウンジは会議室の利用者や高校生であふれていましたが、図書が若干落下した程度で設備の破損などはありませんでした。
 アイーナの防災センターから館内放送で1階に避難するよう指示があり、来館者を誘導。1階で待機中も間断なく起こるゆれ。やっと震源地が三陸沖であることがわかったものの、それ以上の情報は得られず、電気も止まり、何をするすべもなく帰宅。街から灯りが消え、一瞬にして全てが変わってしまいました。


避難所指定について


 翌朝、避難所ではないはずのアイーナには、避難者が溢れていました。隣接する市の建物が本来の避難所でしたが、自家発電が切れたことに加え、新幹線の停止により足止めを食った旅行者が移動してきたため、急遽避難所指定を受けたとのこと。市は当センターを「外国人避難所」に指定しませんでしたが、避難者の中には旅行者と思しき外国人や留学生が何名かいたことから、急遽、当協会スタッフと駆けつけてくれた外国人ボランティア等が自主的に掲示板の翻訳や通訳の対応を行いました。


初動対応


 アイーナは最新の耐震構造であることから事務所内の被害がなかったことが幸いし、通電後の3月13日から、すぐに下記のような初動対応を始めることができました。当協会が重点的に実施した初動対応は「外国人の安否確認」「多言語での情報提供」の2点です。
(1) 外国人の安否確認について
 県外との電話が通じるようになると、国内だけでなく中国を始め海外からも外国人の安否確認の問合せが相次ぎました。しかし、県内沿岸地域とは電話が通じないため、ネットワークを通じての確認は思うように進まず、新聞に掲載される避難所リストの中から外国人と思われる名前をチェックしホームページに掲載するとともに、グーグルパーソンファインダー(Person finder)などでも外国人の安否確認に努めました。問合せ件数は86件、その中で安否確認ができたのは81人に上ります。
(2) ホームページを通じた多言語情報提供
 (1)の外国人安否確認情報の掲載とともに、県のフェイスブック及びツイッターの情報を英語・中国語で随時更新しました。
(3) ラジオを通じた多言語情報提供
 NHK盛岡放送局と民放2局の協力をいただき、ラジオ放送を通じ県の国際交流員(CIR)によって英語と中国語で動揺せず冷静に行動するよう呼びかけました。また、NHK盛岡放送局からは、3月末まで毎日、日々更新される震災情報を英語・中国語で放送する時間を提供していただきました。
このほか、連日、各国大使館、海外のマスメディア、外国人などから寄せられる様々な問合せや相談に対応しました。


被災地の巡回 ~外国人のサポート~


 当協会が被災地に入ったのは、路線バスが動き出した3月17日。連日、職員が宮古、釜石、大船渡、陸前高田市と各被災地を巡回。混乱状況の中、避難所で何人かの中国人研修生と会うことができました。その10日後に再び巡回した際には避難所には家族同伴の国際結婚の配偶者以外、外国人はほとんどいませんでした。
 外国人の被災者が一番多かった陸前高田市では今でもまだ避難所で生活するフィリピン人の方がいます。1ヶ月が過ぎた頃から少しずつ問題が出始めました。避難所で子どもの夜泣きによるストレス、自宅で過ごす中国人の方からは親戚の遺体を目にしたショックから不眠不安、仕事を失った不安やローン返済の問題。当協会では、このような問題に備え、法律や医療など各分野の専門家の方々からの支援が迅速に得られる体制を整えています。


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被災地の巡回時に集まった大船渡市、陸前
高田市在住のフィリピンの方々(5月13日)
甚大な被害を受けた大槌町役場


支援を支えたネットワーク~顔の見える関係~


 震災直後から国内外のたくさんの方々、団体から、通訳翻訳に始まり様々な支援の申し出をいただきました。遠く兵庫県国際交流協会からは震災直後にいち早く、阪神淡路大震災時の対応マニュアルなどを送付いただき、大変心強く感じました。盛岡市は幸いにも被災地ではないことから、当協会職員全員が震災対応に取り組むことができました。
 何より重要だったのは、各地域の方々との「人と人とのつながり」でした。長年にわたる様々な事業を通して育んできた「顔の見える関係」が今回の支援活動の大きな力をなったことは間違いありません。被災地の外国人の情報が全くなく、電話もつながらない状況の中、被災地の国際交流協会や日本語ボランティアの方々、外国人の方々に片っ端から電話をかけ、連絡がついた方々からの情報だけを頼りに一人ひとりの安否確認を行いました。また、盛岡在住の外国人ボランティアの方々は交通機関がストップしているにも関わらず、電話1本で駆けつけてくれ快く通訳翻訳に協力いただきました。
 震災のあった夜には、外国人がよく集まるレストランにも多くの外国人が集まったと聞きました。このような非常時には、単に言葉の不安だけではなく、「あそこに行けば何とかなる」という安心感を得られる場所に人は集まります。現在、「外国人避難所」について、県や市の担当者と検討中ですが、身の安全を守る「場所」だけではなく、安心感を与える「寄り所」という視点も大切であることを今回の経験から感じました。


震災を通して見えてきたこと


 刻一刻と変わる状況、想定外のことの連続に誰しもが戸惑う中、その場その場でベストと思われる選択の判断を下し臨機応変に対応することが求められました。
 皮肉なことに、被災地の巡回を通じ、地域の外国人の状況が見えてくるとともに、新たに外国人や地域の方々とつながることができました。また、多少の不便さを感じながらも地域とつながり、避難所で家族とともに過ごす外国人の姿から、「外国人」として対応することが必ずしも適切ではない場面もありました。
 また、外国人数が少なく、「国際交流」という分野でつながりのなかった市町村で、役場職員の方が日々の生活の中から外国人の状況をさりげなく把握していることなどから、「共に暮らす地域住民」の一人として受けとめていることがわかりました。
 一方、中国人研修生が1週間避難所で過ごした地域から「中国人が騒がしいという苦情が出始めたところで移動して安心した。あれ以上避難所生活が長引くとトラブルが生じていたかもしれない」という声もありました。
 5月26日に開催した国際交流関係団体連絡会議では、被災地の国際交流団体や日本語教室の方に現地の状況を報告していただきました。被災の当事者の言葉から、報道からは得られない現場の様子、外国人の置かれている現状や課題に大きな共感を得ることができたことは、今後の多文化共生社会を考える上で大きな意義がありました。


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「ガレキではない。わたしたちの生活で
あり思い出がつまっている・・・」
海外からの激励メッセージ(スイスの絵手紙)


今後について ~被災地外国人相談員の委嘱~


 時の経過とともに新たな支援が必要になってきます。様々な課題が浮き彫りになったとき、地域のつながりの中で解決できる体制が大切です。今後、こまめな支援を行っていくに当たり、被災地域で活動する方々を「被災地外国人相談員」に委嘱しました。被災した外国人に寄り添って、きめ細かいサポート、行政とのパイプ役を担っていただくとともに、当協会と連携して引き続き被災地の外国人支援を行っていきます。
 また、「災害時対応に関わる調査研究」として関係者に聞き取り調査を行い、これまでの対応などを検証するとともに、今後の災害対応に生かしていきたいと考えています。

 大変残念なことに、県内在住の外国人5名、国際交流担当の陸前高田市教育委員会職員、大槌町国際交流協会会長の方々がお亡くなりになりました。
 今回の震災は、被災地の方々はもちろんのこと、被災地以外の生活にも大きな変化をもたらしました。復興には長い年月を要します。犠牲になられた方々の御冥福をお祈りするとともに、これから岩手全体が前向きに進んでいくために、今この時に私たちと一緒に岩手に暮らす外国人の方々とともに知恵を出し合いながらできることを一つひとつ積み重ね、住民皆で支え合う多文化共生の地域づくりを推進していきたいと考えています。