講座・研修

【レポート】いわてグローカルカレッジ 第6回「国際交流の先人(3) ~韓国女子教育の母・淵澤能恵と淑明学園~」

主催:(財)岩手県国際交流協会

2010年10月17日(日)  会場: アイーナ5階 501会議室

■概要

 □ タイトル: いわてグローカルカレッジ
  第6回「国際交流の先人(3) ~韓国女子教育の母・淵澤能恵と淑明学園~」
 □ 日時: 2010年10月17日(日)14:00~15:30
 □ 場所: アイーナ5階 501会議室
 □ 講師: 姜 奉植氏(岩手県立大学共通教育センター教授)


■レポート

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平成22年10月17日(日)に第6回講座「国際交流の先人(3) ~韓国女子教育の母・淵澤能恵と淑明学園~」を開催しました。

淵澤能恵(1850~1936年)の名前を知っていらっしゃる方はごくわずかではないかと思います。

石鳥谷で生まれた淵澤は、29歳で渡米、洗礼を受けてクリスチャンとなります。
養母の願いで志半ばで帰国してからも、向学心は衰えず、同志社女学校に入学、その後、東京、九州などで英語教員として教壇に立ち続けます。
1905年、知人の紹介で韓国に渡り、その現状を目にし、韓国女子教育に余生をささげる決意をします。その後、明新女学校を創設、今では名門淑明学園として大きく発展しました。

当時の複雑な日韓関係の中での活動は、想像を絶するような苦難、苦労の連続だったことは想像に難くありません。
数多くいる先人の中でも、淵澤の生涯については県内でもほとんど紹介されることがなかったのは、そういった歴史的背景があったからでしょう。


同じ石鳥谷出身の村上淑子さんが2005年に「淵澤能恵の生涯」という著書を出され、そしてそれを翻訳され、韓国に持ち込んでくださったのが姜先生です。

姜先生は、韓国に足を運び、当時の状況を調査する中、奥州市出身の斉藤実が総督だった時代と重なること、斉藤の妻春子は淵澤の教え子であり、淵澤の活動を支えていたことなどがわかり、韓国の女子教育を通じて日韓交流に岩手県人が果たした役割は大きいことがわかりました。
そういった事実をなかなか受け入れようとしない韓国と、すでに25年も暮らしている日本との狭間で、「淵澤の活動を母国に伝え、淵澤が築いたものを引き継いでいくことが自分の使命」と姜先生は力強く語っていらっしゃいました。

淵澤の遠縁にあたられる淵澤行則さん(テレビ岩手)からも簡単に、淵澤家についてご紹介いただきました。
テレビ岩手でも淵澤能恵を番組で取り上げたことがあるとのこと、その番組のDVDをご寄贈いただきましたので、ご関心ある方は協会まで。



■報告日:2010年11月11日
■報告者:宮 順子